この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

『もう一個 』 それは砂糖の 甘い罠(刷り込まれた『習慣』食べ物 編)

チョコレートの甘い誘惑はキケンです。そういえばなんかそんなおじさん向けな漫画があったような。自分に色はありませんが、 原田さん演じる人の語り(曲のイントロ)が印象的でした。この映画のサウンドトラックの曲。

凶気の桜

凶気の桜

  • 薗田賢次
  • 日本映画
  • ¥2000
チョコレートやキャンディは、ザリガニやブラックバスと同じようなものかもしれません。


●食べ物の罠

スーパー、コンビニ
別のものと並べてみても、差がない方でしょう。
10年前くらいからでしょうか、添加物なんて問題視され始めましたよね。そういうものが入っています。時間がない人は出来合いのものを買って食べたりする。そこにあるからつい買って食べてしまう。みんな本当は手料理を食べたいのです。



添加物
今やネットにも多方載っています。スーパー、コンビニにも繋がってきますね。ただ賛否あって、量の問題とされる。けれどいちいち数えてもいなければ、意識してないようなもの。保存料着色料の量は快適てなくて、原材料名には量の多いものから載っていることしかわかりません。
なので現状『気にせず食べる』か、気になるなら『極力取らない』ようにするしかありませんね…。
添加物はわりと“新しい習慣”なので目がつきやすいだけなんですよね。また農薬なんかも賛否なモノですね。こういう“食べ物は人間以外も食べに来る”モノは石鹸、洗剤にも繋がってきます。“害だけをどう除くか”と試行錯誤されています。虫のいい考えなんでしょうね、地球規模で考えると。そして現代人もその試行の中にいますよね。



1日3食や1汁3菜などの習慣。
食事のリズムなんて病気してからやっと意識するようになるとか、自分の身体に『痛み』が来ないと人は学ばないのでしょう。特に歯なんかそうですよね。人間ってまだまだ馬鹿ですよね。意識するのはアスリートやボディビルダーくらいでしょう。そこまでいかなくとも、『筋肉』を意識する人達。またアスリートを思うと、日々の練習はもちろんですが、本当に身体は食べ物が影響しますよね。『お前はアスリートなの?食べ物ならなんでも…』よくありません。そういう当たり前が苦しい。“当たり前に何も考えないで生きる”のは利口ではありませんよね。また、そういう少し違うことに批判的な人にあれこれ言われるのはバカみたいな時間です。



『食感』を求めるロボット。
現代人の食事は身体の為に食べているのではなく、脳みその為にムダに食べているんですよね。脳の為に見た目を気にしてダイエット。例えばお菓子なんて(まあ大概お菓子自体『〇〇っとした食感』なんていっていて)食感だけのモノです。そして不摂生というやつですね。何十年後でやっと明らかな差が身体に出てくるのでしょうね。そうするとまたそういう“差”が苦しくなる。食べ物やダイエットのに関わる会社はあなたのためとは思いません。不健康ならお医者様へかかってまた出費ですね。また不摂生な人のために保険料が負担されていくのかもしれません。微々たるものでしょうが。
『見た目は内面から』なんて言われててやっと気づくのでしょうかね。


ベジタリアン。
私は現状ラクト・ベジでしかありませんが、段階的に偶然にも試験的に体感を覚えていっています。卵をぬいて身体が楽になりました。(卵アレルギーではないでしょうけど。花粉症の原因が花粉の累積なら、卵もそうかもしれない。)次は牛乳を抜いていこうと思います。
ビーガンという菜食主義の前にはお肉以外に魚(ペスコ) 卵(オボ) 牛乳(ラクト)がありますよね。お肉はもちろん、油や糖のとりすぎは当然しないとして。牛乳でいうと、給食やビンの配達が牛乳を飲む習慣として入ってきたのでしょう。『習慣』にしてしまえば…というような。こわーい…。お肉にもそういうものはあるでしょう。



日々 自分で選択して生きていると思っても、実は出されたものの狭い範囲で選ばされてるんですよね。人生とはなんなのでしょう。考えます。



あなたは自分で“選んで”生きていますか?

世の中の『お金』が『ロボット』へ(刷り込まれた『習慣』お金編)

『人の弱みに漬け込む』罠。この世の格差を利用したものが多い。こんなモノは本来必要ありません。

●お金
土地や資源でもいいでしょう。少し強引ですが、普通の人は土地をもってなく、持ち家でも家のみで生まれてきます。だから食べ物を買うしかありません。『当たり前だろなにいってんの』ですが、そこがちょっと気になります。これにより、一般市民はまず『お金』に頼ることになります。

『世の中はお金がすべて』といいますが、またこれも言葉足らず。イコールが成り立ちません。『世の中はお金がすべてをどうこうする』や『世の中お金がすべて関わっている』ならわかります。
言葉が足りないから『世の中はお金』に対して不毛な議論が巻き起こるわけですね。
そういえば普通はお金で納税するけれど、お米でも収められるみたいです(詳しくはごめんなさい)

日本史は詳しくありませんが、少し昔からの流れを考えます。(コーエーの知識しかありません)百姓ならそのまま農作業。武士や大名は代わりの仕事をします。(まず食べ物という考えで)賊は一般市民を巻き込みますが、戦力として利用されたりします。今の世の中はそのままアレがコレだとソレを当てはめられます。また現在の一般の人はほとんど商人なんですよね。士農工商の差別も今は全部ひっくるめて個人毎の差別へと移っています。差別はあるにはあると聞きますが、身近過ぎてあまり言えません。ただお年寄りの慣習みたいなもので、若い人は関心もそういう気もないとおもいます。
なんにせよ、今は恵まれてはいるでしょうけどね。



お金(通貨)がないと本当に困るのは、溢れんばかりの資源を持つ人や必要以上のお金を持つ人が、『余裕』を他人に与えず『お金』に変換して、“サービス”を人に要求したいが為だと思います。
でもそれによって奴隷にされず、労働とできます。
また生活の糧としてのお金を得るために、性的な搾取もあります。労働等とは言えず、合法な人権侵害だと思います。生きる為だけど『活きる』ためでもあるのでしょうか。生活とは言えないような。こんなことを言うと、『人間なんて汚ないものなんだ』とかいうけれど。“汚なかった”として少しづつ綺麗になっていってもいいでしょう。
またお金のせいで、二次的に付加価値というものが幅を利かせ過ぎている。意味のないことでご飯が食べられる、のは凄いこと。だけれど“付加価値”が高すぎる。食べ物が安い(比較して)のはいいでしょう。これらにいいバランスがあるのだろうか。



もちろん、お金を間において社会は回っています。庶民がみんな物々交換していったら、もう少し面白い世の中になりませんかね。ただのデータ(数字)になってしまうから、くだらない課金なんてしてしまう。米蔵をライブ映像で中継しておいて、『あなたの米蔵から1俵いただきますが、よろしいでしょうか?』くらいは聞いて、いや見せて欲しい。まあそんなお人よじゃお商売はできませんよね。
税収が減るでしょう、けどもう代表者も要らないかもしれません。ほっといても治安を維持できるくらい、みんながもう少し頭良くならないと無理でしょうかね。



またロボットが労働力にとって替わるなら、世の中からお金は必要なくなります。ただお金もそうですが『労働力』ほぼイコール 『私達』も要らなくなりますね。ふふふ…。
『お金』で『ロボット』に変換されていたのでしょうかね。またはこういうロボットかもしれませんね。金属のイメージは刷り込まれたものだったりしませんか。


私達は『お金』に依存する『労働』に依存しないと生きていけないんですよね。当たり前なのですが、不思議に思います。自分用の畑でも欲しいですね。
また『生きる』ことに考えが向いてしまいますよね。
自分の祖先がどういう思いで生きて、そしてこの44+xyを遺したんだろう。

『死にたい』や『消えたい』とのつきあい(言葉と心)

実際書いている人自身が、そういう衝動に駆られます。それを防ぐために、客観的に考えていきます。
今のところは『消えたい』衝動のみです。
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まずこれは自殺衝動と隣り合わせか別物なのかはまだ区別はついていません。自殺する前の身辺整理にも似ているけれど、死にたくはない。自殺する人自体『死にたくはない』のかもしれないけど、本当は。身体を投げようとは思わない。(ただの臆病者かもしれない)都合良く“リセット”したいという様な感情。死にたい訳じゃなくて消えたい、というものかもしれない。もしかしたらこの『リセットして再スタート』こそが本当の意味でのゲーム脳ってやつかもしれません。ゲームは主にストーリー、やり方だろうか。それというより自分の場合はキャラクターやアバターのリセット。


つまりはゲーム(人生)をやり直したい人は自殺衝動の様なタイプ、消えたい人は自身のアバターやアカウントを消したいタイプ。
私は死にたくはない。けれど消えたいような感覚。
これまでSNS等のアカウントを消して来てしまっている。嫌になった訳でもないし、例え個人的に嫌な相手ならブロックすればいいはず。そう相手が嫌な訳ではなく、自分が嫌になった。だからそのまま自身(アカウント)を消す。
長い時間コミュニケーションを取ることが出来ないのかもしれない。そんな自分に嫌気がさして、『自分には一期一会のインターネットがお似合いなのかな』なんて思ったりする。


また仮にこの世から去らなくちゃいけない時、自身のデータをすべて消したい。これは自殺する前の身辺整理に似ている。他人になんらかの形で世話にならないようにということでしょうか。


死にたくない。一般に肉体的苦痛がないのに『死にたい』と思うものなのか。(想像力が足らないのか)
自分の場合『消えたい』なんて思ったとき、『どこかでやり直さなきゃ』とその次に考える。ただそのあと、くしくも馬鹿みたいに洗脳された『お前は何も出来ないんだから、ずっとくすぶっていればいいよ』なんて言葉を真に受けて『あ、生きていちゃいけないんだ、早く死なないと…。やだやっぱり死にたくない、でも他じゃ生きていけないから我慢。』なんて他人の悪意に戸惑って堂々巡り。
途中で『やっぱり…』と思えないと、自死の道へ進んでしまうのだろうか。もしそれが他人の言葉や行動によるものならばなんて可哀想で、勿体ないのでしょう…。実際にもありましたよね。今もそう苦しんでいる人もいるでしょうね…。そう思うと自分の『消えたい』なんて衝動は糸屑みたいなもんですね。なにかを言った方は覚えていなくて、その先もヘラヘラ生きていくんですよね。『だれかの吐き出したゴミで死ぬのは馬鹿みたい。どうせならやり返して消えよう』と思いました。
そしてこれは僕が『死にたい』から『消えたい』に移れた道です。アホみたいに論理/言葉でそうなりました。もちろん言葉で考えたのでそう言えますが、どうして“そう”考えるに至ったかが大切ですよね。


『死にたい』と呪文のように言っていたとき(人生ではムダだったと思います。今思えば死ななくてよかった、のかな今のところ………と思います。)“自分は生きる価値がないからご飯を食べちゃダメだ”とか思い込んで、絶食していました。体重も今より7キロくらい軽く(今もBMI低いけれど)職場にいくまでずっと横になって寝たきりで、キチガイさんの元で働いたあとは、フラフラで帰りました。
また馬鹿みたいにネガティブな文章を読んでしまっていたり、暗いニュースばかりに気をとられていました。カーテンも閉めきって、日光も滅多に当たりませんでした。(かつ夜に労働していたので)
年齢や遠い同学年の知らせ等もあって、人生を考えました。半べそでご飯を申し訳なく頂きました。
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『おいしい』
自分の情けなさからか、少し泣けてしまいました。そんなときから栄養学や人体について勉強し始め、食べ物が人生においてこんなに大事なこと男ですね。ただ自分の気持ちが変わっても、相変わらず世の中はそのままで。
『あんなに太っているのに、お金持ちなのになんで“心”がないんだろう』なんて思ってしまったり、
でもそこで、ああ全部自分のせいじゃないんだ。と
も思い始めました。そして生きていくなら『聖人君子』にならないとダメなような気がしています。
本当に食べることや太陽光に当たること(生き物なのでで当たり前ですが)人間にとって大切です。
みなさんはどうつきあっていますか?



一人語ってしまってお恥ずかしい…

私は消えたい。