この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

端末と 思いも忌もう と末端(広いネットの海でも視ている自分は独り)

何度かこんなことを書いたような気もしますが、フォーカスを目の裏側へ。
自身の背中や頭の後ろを意識してみるのはどうでしょうか。

賑やかな家族の声、覚めた同居人、PCのファンの音、扇風機やテレビの音
カエルの大合唱、街の喧騒、救急車の音。
雨のおと。



あ、今振り返らず耳を意識した方いらっしゃいますか?
そのまま目を瞑り、通りや雨風をイメージするような。
アイ ライク ユー もしくわ インターラスティッド という感じでしょうか

とても素敵だと思います。
誰かわからない"文字"に想像を捧げるなんて

インターネットは片想いの連続だと思っていつも 読んだり想像しています。
ただ受けとるだけではなくて『そこに自分はどう繋がるのか』と思います。
そしてすぐ影響を受けて、本を読んでしまったり、曲を聴き込んでしまったり、食欲をそそられたり、写真を壁紙にしたり、と。


こういうところが片想いのような、
そこまでいかなくとも、思う/想像する ことで自分のなかに取り入れる、そのくらいで想いを馳せる、そんな気がします。



それと同時に、指先から頭の後ろの
独りの部分が寂しがるような、切り離された感覚に陥ります。
自我と普段生活している自分が別のような
それをふと気づいた瞬間に、くっつけて修正していく。

意識というものは、偉い人でも解らないのだから分からないのでしょう。
それでも自分一人の身体くらい理解したいですよね。



言葉遊びではありますが、言葉は常に表裏一体なのかもしれませんね。
(意味不明なことを言っていたらごめんなさい)



御覧頂きありがとーございました。


むいんと おぶりがーど


あすぺぎふ