この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

この世は痛みを伴うゲーム(ハードモードの人生とスマホゲーム)

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アイウォンチューというと今やアイドルグループの歌でしょうが、
おじ様達の時代は南佳孝さんの歌だろうか。(リンクなし)
おじさん手前の人達なら、缶コーヒーのcmで使われていたのを聴いたでしょう。
人間は自分が可愛いものなんでしょうかね。

詞にまじまじと感銘を受けた訳ではないのですが、頭の中に残っていました。最近はどこかそう確信的に思ってきています。
『じゃあ攻略本出せば?』
と言われそうですが、
『じゃあこの世のゲームクリアって何?』と思って、誰かと小一時間話し合いたいくらい。けれど馬鹿馬鹿しくもあるから、こちらから誘うのは恥ずかしい。持論がある方よろしくです。
属に言う この世はゲームといっても『面白い』とか『くだらない』ではなくて
systematic(システマチック)な意味でそう思います。
例え話にもよくも使われますね。相互主人公の目的も多様なゲーム。
ただ唯一、視点だけが現実より優れている。主人公目線で。衛星カメラを四六時中使っていれば、現実でもいいかも。
あとは不細工な人がいない。迫害されているのかも知れませんが。(現在か過去か)

スマホのゲームなんて“甘い”子供向けのお菓子。
理不尽な痛みなんてダイジョーブ博士くらい。
少し前(家庭用ゲーム全盛期)には“難しいゲームをクリアする”ことを楽しんだ人達がいたようで。
何だか今は(スマホゲーム全盛期)いかに楽して(現実のお金はマイナス)時間を短縮したり、他者から抜きん出たり。

体育会系オッスオラオラではないけど、突然の理不尽はある種の快感。
別に女王様好きでもない。アメとムチの落差が重要で、飽食のおデブさんなんかにも繋がってくる話。
ご飯の有り難み。
個人での断食はオススメしませんが、3日ぶりのご飯でもいつもの2倍美味しく感じます。

直接的な“痛み”をゲームに導入すればいいのかもしれない。手に電流流れるくらいの。


現実の方に合わせて例え話をしていくと。
人生の難易度が人それぞれでも、感じはが一辺倒と例えられる。
まあ俯瞰でパッとみてそんなもんだろうと、おおよそは理解できるけど、当然人により耐性は異なる。
そんなこと言うと日本に産まれたなら超ラッキーとか。途上国に産まれたら可哀想とか。
そんなこと言うと価値観があって人それぞれだから、その人の努力次第だよ。 なんて
じゃあもうこの話は不毛でする意味がありませんね。

幸い日本は四季があって、暖かさ:涼しさ:湿っぽさの有り難みがわかることは幸せ。(もっとも寒い国なんかそりゃそうだろうし)水道電気ガスの普及の時点で幸せ(ないところよりまし)なことは間違いないです。

ハードモードの辛い人生だって嘆いてるだけで終わってしまうのは嫌です。『運が悪い』もおなじですかね。
小さな幸せが 『運のいい』人よりも大きく感じられます。(そいいうモノは数値が全てではないでしょうが)
どうでもいいからその境遇でベストを尽くすしかないと。年配者に相談したら、そう言われそうですよね。
弱音は吐かないけれど、現状で満足しないのが何かを向上していくにはいいのでしょう。
欲求不満は現在マイナス将来プラスの有望株なんですね。


人生なんて死ぬまでの適当な暇潰しです。
どうせなら楽しく浪費したいものですね。
僕は“一人ではクリア出来ないゲームかもしれない”と今のところ思っています。

あなたにとって『この世のゲームクリア』はなんですか?