この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

大人になってから夢をみることは恥ずかしいことなの?

所詮は競争社会(例えばこの文はふーんとも思われないんだろうなあ。うんそうだね、と)
アリでなければすぐに足元をすくわれる。
説得力に欠ける今の実力じゃただの足手まといなんですよね。未熟者が自制出来てもいみなく。

社会に出て苦節10年でも夢を見ていたいなあ。社会から出るという夢を。

●こんな大人にならないために
ああ皆さんも大人でしたか、失礼しました。
学生時代また学生気分の20歳くらい。何をしていたんだ。
気分的には楽しくへらへら出来ていたわけでもないのに。そう、死ぬ死なないとかバカみたいなことを考えていた頃。今とそんなに変わらないか…。
本当に本当に“ムダ”だったと言える。
そして今ならポジティブに『堕ちたら上がるだけ』とか“変換”出来る。けれど
時間を無駄にした事実は変わらない。


そして言えることは『ご飯をちゃんと食べましょう』だけ。
これが人生 唯一の後悔。


10代といわず小中ですらなにやってたんだろう。というかなにやってたんだろう。(こちらは忘却のため)
あんなに時間があったのに、少し寂しくなってくる。誰と過ごしていたのか、もう会わないような同級生かな。
今も会えたら、その時間は財産となりうるのだろう。
それとも一人の時間が長かったのかな。
幼すぎて考えることはしていたかわからないけど思い出せないのは、心のキズでもあるのだろうか。
トラウマはあっても思い出のなかに感情はなく、淡々と映像が見えるだけで支障はないと思う。


なにが『好き』で『得意』だったんだろう。


子供の頃は毎日がある意味夢みたいなモノなのか、先のことなんて考えなかった。脳がまだ幼いからかもしれない。
子供の時言う夢は“今なりたいモノ”なんだろうなあ。
大人になると夢を見れない。時間がないとか恥ずかしいとか。子供の内たどり着けないと、大人になっても見れないモノがあるのか。
実際、学校に繋がるモノとか。華やかな場所は若い内だけでしょうね。
ただそういう制限がないモノは生涯追ってもいいのではないでしょうか。(自分を肯定するようにもそう思う)
生活(食べるためのお金)との兼ね合いとなってきますが、書いている自身の場合はどのみち貧乏路線なので、
人生の悔いをなくしていくしかありません。(結婚と遺伝子を残すことは諦めるしかありませんが)


性格/人格に問題があると35歳くらいが限界みたいだけど、そうはなりたくない。
占いは信じないけど、なんとなくこれはなにバイアスだろうか。そうと言うよりは実感出来てしまうからだろう。

ああもう終わりなのかな。もちろん生きるとしても、ただ生きるだけのような人生になるのかな。
生きる道を見つけないと…。


僕の夢はフツーの人生を歩むことでした。


皆さんは今からの夢はありますか?