この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

他人の好きな街を覗き見て 人生の組合せってなんだろうと思う。(今週のお題)

今週のお題「好きな街」という事で、自分が書くのではなくて。皆さんのブログを読ませて頂いています。知らない土地に知らない人がいて何十年も生きている。そしてこれからも生きていく。
遠い、もしかしたら一生行かない土地に暮らしている。少し頭のおかしいことをいっているかもしれませんが、それは自分にとってはいつものことです。
時間がいろんなところで過ぎていく、その感覚が恐くもいとおしくもある。気持ち悪いと言われそうですが、行ったことのない街、会ったことのない人も美しく感じる。それは街並みや人並みに自分の記憶を重ねているのだろうか。日本だからすんなり合わさって、その人の声があの人と同じように聞こえてくる。


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もちろん個性はある。あるけれど、組合せだと思う。
『自分はオリジナルではないかもしれない』
とたまに思う。それはべつに誰かのクローンという事ではなく、44+xyやAGCTの組合せ。
だからこそ『なんでこの組合せなの?』なんて思ったりして…。
人間の幅や器なんていうけれど、能力や技術のことではなく、個性のことだと思う。たった数人の今まで会った人だって面白いほどバライティーに富んでいる。
出身と好きな街が違う人
華やかな街並みが好きな人
こじんまりとした落ち着きが好きな人


そういう部分に『どうして?』となる。個別にリンクしたら怒られそうなのでやめておきますが。
自分との違いが気になるのだろうか。というよりは単純にどういう人か知りたくなる。知的好奇心なのかもしれない。ただの人恋しい気持ちの裏返しかもしれない。
人に興味は尽きない。これは一生やめられないのだろう。


そして出来れば『人』に関して分析していきたいと個人的には思っていた時もあった。これは自分の中の人との距離の取り方から来ている趣だとは思う。
なので同じように思う人がいたら嬉しく思うし、友達になりたい。けれど、その人に興味は湧かない。自分に興味がないのと同じように。
もちろんその考えを除いたその人は全くの他人であるから、違いは楽しい。
なんだか同じも違いも『面白い』細かくいうと別だけれど、両方いい。
こういうことはいろんなことにも言えるし、そうやって生きたいと思う。
苦いことも慣れてきて、一晩泣いて眠ると心が落ち着いている。ただずっと笑顔でいることは難しい、それでも結果的には平常心になっている。無責任には言えないけれど、“自分の中の『波』をどう理解するか”が重要だと思います。(サーファなどではありません)


あなたの“その”組合せ 素敵です。

セロトニンなさい。