この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

『代わり』の空しさ(孤独と代用品)

●テレビ
(テレビ好きな方はごめんなさい)もうすでに、〇〇さんがこの時期にこう言うからなんて見方になっていて、番組そのものを本気で見る感じでもない。
少し怖いけど、心理学のテクニック的なものはたくさん使われているし。
例え〇〇さんを一方的に見ていて『よく見る顔』として安心感を得ても、ただの片思いにもならない負担。イメージで遊ばれている。

●ラジオ
ラジオはまだイメージを作る、能動的作業があるのでいい。と思っている。(現状聴いているのもあって)けれどcmは鬱陶しい。ただ自分が聴いてるモノは二人の同級生が話す会話を傍らで聴いている感じ。まさに『友達』の代わりのようなモノなのかもしれない。話の上手な笑い上戸な贅沢な友達。
他のことに時間を使いながら聴けるけれど、ふとイヤホンを外したとき虚しくなってくる。

●インターネット
〇ブログ〇チャット〇アプリ〇ゲームとあるけれど。
若い頃は『人とのコミュニケーション』なんてまるで超能力の修行みたいに『文字』や『音声』で他人とやり取りを積極的にしていたけれど…。ヘンに内面をさらけ出して、妙な距離感になったり。見えない分、その距離感が少し辛く感じた。
今はゲームないですら『他人』がいて、むしろ孤独感が増すばかり。

●異性の代わり
また『大人の』汚いものも世にはあります。
こんなものに頼ってしまうと、後悔しきれないのでしょうね。弱いところを利用されてしまうだけですね。自分は興味もないのでわかりませんが。


対価対価といやしい考えではないけど。何らかのリアクションがないものは空しくなってくる。またそれを求めすぎても本末転倒まで、はいかなくとも少し違う。やっぱり生の人間(ネットの向こう側に相手はいるけど)とのコミュニケーションには代えがたいのでしょうか。
あくまで誤魔化しのモノばかり。夜通しクラブで踊っているそんな若者になりたかった。そう、むしろそうですよねえ。ヘンテコな理論をこねくりまわしてインターネットをやっている。そんな思春期の自分にはヘドがでます。

f:id:ahspgif:20160321004449j:plain

なんかもう個人主義で、家族と疎遠(自分の場合だけかもしれませんがね)思春期過ぎてそう思うなら痛い人か、本当に大変な思いをした人達でしょう。
だからテレビを一人で集中して観るとか孤独への第一歩なんだろう。(孤独だからそうなるのか、そうするから孤独になるのかはわからないけど)
ただ自分の場合もネットがなかったらどうしていたんだろうか、と思う。図書室の生物図鑑でも暗記していたのだろう。そっちのほうが有益ではあったかもしれない。



無理に他人を気にすることなく、もっと一人で隙にしていてもよかったなあ、と思います。
『孤独』をなにかイケナイものと、聞かされていたようで、バカみたいでした。

一人で居ることはこわいですか?
またそれをわざわざ解消するのは無駄ではないでしょうか。



読んでいただいてありがとーございます。
オキシトシンなさい。