この世のwannaからmeを守る

この世の罠から身を守る方法を考えていきます。

ロボットに負けない様に生きていくには(人間と作るもの)

研究者のエゴによって世界が壊れてしまうのでしょうか?
今生まれたとか(あ、誕生日おめでとうございます)『若さ』のレッテルをお持ちなら、コンピューター管理の勉強をするべきでしょうね。まあそれも加速加速で100年未満の仕事でしょう。
人間数人にロボロボロボと。仮に働かなくてもよくなったとして(働かないなんて暇でしょうが)食べていけません。ポジティブな政策なんてないでしょう。人間の統治が緩ければ、草原の中で生きていけるでしょうね。ただいたずらに命を奪われるようなこともあるかもしれません。そうなると戦うしかありません。原始時代のマンモスと闘っていたのが平和なくらいひどいものだと思います。どのみちそういう技術は欲しいものですね。
妄想的なことまでは行かなくとも、そういう想像は大切ですよね。子孫がいる方は先の子供がどう生きていくんだろうと。同時に自分の祖先もどう“だった”んだろうとも思います。一人分の人生で精一杯だけど、それは身体を動かすことにおいてのみ。思うくらいは何万人分くらいだろう。それでも“自分達”しか思えない人間(民族や国や企業)のせいで、某病気や某放射物が人を傷つける。あったらいいなデスノート、でもあやめたくはないからゴートゥヘルノート(でもあったら)が欲しいものですね。妄想はおわりです。


人間をロボットが超えたとしたら『人間をつくったもの』はとうに人間に越されてたりするかも、なんて思ってしまう。(猿から進化なら当然別ですが)
そうすると宗教に嫌気がさしてくる。案外、創造主は対したことないのかもしれません。これはロボットと人間の関係によってわかってきそうなことではあります。

ロボットに負けないように
対峙するならば湿気や熱でしょうか。それすらテクノロジーでカバーされていてはどうしようもありませんね。人間であることを生かしていく他にありません。他人と自分の関係にも似ています。


人間にあるもの
(今のところ)感情や五感をどう感じて生きていくか。コンピューターがあることによって、人間との差を考え、それを有り難がる。そうなると紫外線の見える鳥類や犬の鼻、猫の目にも少し嫉妬しつつ尊敬もできそう。少しコワイけど人間に“足す”様なものは開発されていくのだろうか。
『人間っていいな 』とは全力でまだ言えませんが、良くできた言葉なのでしょうかね。まあ晩年にはそう思える人生を生きたいですね。残念ながらヒトは身体の方は動物でいうと“そこそこ”なんですよね。さらに野生でなくなっているので覚悟も欠落していて裸一貫ならば最底辺ですね。これは幸せなことです。頭に特化した生き物として、それを最大限に有り難く使っていくにはどうすればいいのでしょう。
1つは『言葉』だと思います。第六感くらい使っている名誉五感というべきか、嗅覚くらいは軽く越えている。そして言葉を操る生き物だけれどロボットがしれっと真似をする。ならば『五感と言葉を合わせたもの』で生きていけば人間らしいというのでしょう。



ロボットの前に、そのロボットを使う人間に勝たないと(生活を預けないようにしないと)だめでしたね…。
お金持ちのおじさん『まえはねニンゲンが働いてたことあったんだよ』
お金持ちの子供『えーロボットみたい‼』
お金持ちのおじさん『そうだな、ハハハハハハハハ』
お金持ちの子供『ねえ、きみはどう思う?』
お掃除ロボット『毎日働いて食べて眠る、人間こそロボットの様なものですよ。ふふふ…』



今日もいっぱい食べていっぱい眠りましょう。
おやすみなさい。