ギャンブルで生計を立てるブログ。

アスペが働かないで生きていこうとしていくブログです。この世のwannaからmeを守る。ちょっとだけごーしちご。

感情を左右される人達 試行と思考 たまには映画の話

感)音だけは、いや匂いもそう。鼻は摘まめばいい。 た)映画そんなに見ないけれど、よくテレビの深夜(今少なくなった)を見ていた。
感)耳だけは防げない。だから人に対ししてもそう。 た)それは不規則生活のおまけかもしれない。
感)顔より声が素敵な方がいい。イメージならそこから展開する。 た)そこで感じたのが、映画って音の方が大事かなと。
感)視覚はまだまだ新入りの五感なんだとはたまに思います。 た)前頭葉由来の五感、大脳由来とは別もの。
感)声、例えばアニメの声。イメージとイメージの共存する。 た)例えば吹き替えの声。母国語にしかない人柄で見れる(見てしまう)
感)自由なもの小説(文章/活字) とはまたべつのモノ。 た)元の外国語/物とはまたべつのモノ。
感)声と大体のイメージ像から好きに作れる(入っていける)モノ た)例えばどこかで聞いた"家族"と映画のファミリー
感)やんわりした制限(キレイな描写)だから素晴らしい感じ た)そのギャップで印象的で、脳内で外国人にそれらがリンクする。
感)ここまではいいこと。 た)吹き替えはいちいち変換しているということを再認識。
感)声の印象やイメージは知らない間に覚えてしまう。 た)脚本の人がその上、監督とは別の意識で
感)サスペンスの声、無駄にテンション高い声、うるさい。 た)ディレクターズカットなんてのもある。
感)そんなうるさいことが、ふとしたとき、溢れてくる。 た)ここで思う。評論家に聞きたい。
感)音で笑わされ、泣くのはバカらしい。僕はテレビを消した。 た)『 ディレクターズカットと普通のモノは"映画"としてどう解釈するのか?』
感)テレビに安らぎなんてなかった。現実逃避も出来ない。 た)と、まあどうでもいい私の質問。人それぞれですよね。
感)でも現実も見れない。 た)でもコメンテーター/評論家としてはどう言うのか気になる。


感た)まあ現実の見えてない僕/私の意見こそ雑音ですよね。

画像はイメージのためのリンクです。クリックしなくていいです。

解釈はわからないけれど、大樹の倒れる描写、の感情を表した人脚本監督等々に敬意を感じたのがこの映画でした。そういう人の心にはお金よりも価値のあるものがたくさんあるのでしょうね 。

雑音のしない両手の自由な世界にいきたい。

さんきゅー。