ギャンブルで生計を立てるブログ。

アスペが働かないで生きていこうとしていくブログです。この世のwannaからmeを守る。ちょっとだけごーしちご。

現代の創造物は価値がない(イメージと入出力)

表現方法はそれ様に真似して覚えればいいでしょう。ただ頭に入って来るとき、音楽を聴いてそして音楽を出力しているのではないだろうか。頭だけはいい人が、自分の好きな歌の隣の曲を想像して歌うような感じ。頭がいいから“近くの別のモノ”を計算できる。
そしてそんなに頭はよくないけれど、所謂『感性がいい/センスがある 』天性の人。元の“誰かが好きな”モノを作っている。そしてなんでもできる人はなんでも頭打ちで『なんにもできない人』。それぞれのやり方はあるのだろうけど。


ただ昔と違って、あれこれ似てるとかそういうこともあって、少しめんどくさいのだろう。ずーっとデータが積み重なっていって、余白がなくなってしまうのではないだろうか。よくいう『余計なものを足すのはカンタン。無駄のない良いものを作るのが難しい』と。すっきりとしたパターンは出尽くして、すぐあれに似てるとか言われてしまう。ごちゃごちゃ電子音のうるさいモノなら新しい(技法的に)とか新しい(昔のものに似ていない)とか、そうなんだろうけど。ただ鬱陶しい。(またそういうDTM自体廃れていくのだろうか)
『じゃあ聴くなよ』
『うん聴いてない(聴いてるのもあるけど)』
じゃあもう好きな曲切って貼りで作ればいいんでしょう。パロディやオマージュなんてあるしね…。でもそうすると一から作っている人がバカみたい。そして一律で『似ているものは全部パクり』の目をクレーマー達が光らせている。


せめて別のものから変換して表現した方がいいと思う。目で見たものを音で表現とか。原っぱで詩を書く、小学生の図工の授業のような人なんているのだろうか。


また映画やテレビのイメージが頭のなかに染み入って、もう現代人は純粋な創造ができないかもしれない。そうだとしたら弊害であって、走馬灯なんかにテレビのワイプなんて出てきてしまったら失笑ものです。頭だけいい人が他人のイメージで表現出来てしまったり、それっぽく出来てしまう。


他の能力が乏しい、一点豪華主義な人のつくったモノを、そこそこ頭のいい人達がコピーして、バカがお金を払うイメージ。というかそうだと思います。
また見たり聴いたりはなんのための行為だろうか。
描いたり書いたり歌ったり、作る方が圧倒的に面白い/興味深いと思います。

なんらかの『才能』のみ欲しいものですね。他の能力がないとしても。もちろん自分の好きなことと一緒に。

何かを『つくること』は好きですか?