ギャンブルで生計を立てるブログ。

アスペが働かないで生きていこうとしていくブログです。この世のwannaからmeを守る。ちょっとだけごーしちご。

世の中の『お金』が『ロボット』へ(刷り込まれた『習慣』お金編)

『人の弱みに漬け込む』罠。この世の格差を利用したものが多い。こんなモノは本来必要ありません。

●お金
土地や資源でもいいでしょう。少し強引ですが、普通の人は土地をもってなく、持ち家でも家のみで生まれてきます。だから食べ物を買うしかありません。『当たり前だろなにいってんの』ですが、そこがちょっと気になります。これにより、一般市民はまず『お金』に頼ることになります。

『世の中はお金がすべて』といいますが、またこれも言葉足らず。イコールが成り立ちません。『世の中はお金がすべてをどうこうする』や『世の中お金がすべて関わっている』ならわかります。
言葉が足りないから『世の中はお金』に対して不毛な議論が巻き起こるわけですね。
そういえば普通はお金で納税するけれど、お米でも収められるみたいです(詳しくはごめんなさい)

日本史は詳しくありませんが、少し昔からの流れを考えます。(コーエーの知識しかありません)百姓ならそのまま農作業。武士や大名は代わりの仕事をします。(まず食べ物という考えで)賊は一般市民を巻き込みますが、戦力として利用されたりします。今の世の中はそのままアレがコレだとソレを当てはめられます。また現在の一般の人はほとんど商人なんですよね。士農工商の差別も今は全部ひっくるめて個人毎の差別へと移っています。差別はあるにはあると聞きますが、身近過ぎてあまり言えません。ただお年寄りの慣習みたいなもので、若い人は関心もそういう気もないとおもいます。
なんにせよ、今は恵まれてはいるでしょうけどね。



お金(通貨)がないと本当に困るのは、溢れんばかりの資源を持つ人や必要以上のお金を持つ人が、『余裕』を他人に与えず『お金』に変換して、“サービス”を人に要求したいが為だと思います。
でもそれによって奴隷にされず、労働とできます。
また生活の糧としてのお金を得るために、性的な搾取もあります。労働等とは言えず、合法な人権侵害だと思います。生きる為だけど『活きる』ためでもあるのでしょうか。生活とは言えないような。こんなことを言うと、『人間なんて汚ないものなんだ』とかいうけれど。“汚なかった”として少しづつ綺麗になっていってもいいでしょう。
またお金のせいで、二次的に付加価値というものが幅を利かせ過ぎている。意味のないことでご飯が食べられる、のは凄いこと。だけれど“付加価値”が高すぎる。食べ物が安い(比較して)のはいいでしょう。これらにいいバランスがあるのだろうか。



もちろん、お金を間において社会は回っています。庶民がみんな物々交換していったら、もう少し面白い世の中になりませんかね。ただのデータ(数字)になってしまうから、くだらない課金なんてしてしまう。米蔵をライブ映像で中継しておいて、『あなたの米蔵から1俵いただきますが、よろしいでしょうか?』くらいは聞いて、いや見せて欲しい。まあそんなお人よじゃお商売はできませんよね。
税収が減るでしょう、けどもう代表者も要らないかもしれません。ほっといても治安を維持できるくらい、みんながもう少し頭良くならないと無理でしょうかね。



またロボットが労働力にとって替わるなら、世の中からお金は必要なくなります。ただお金もそうですが『労働力』ほぼイコール 『私達』も要らなくなりますね。ふふふ…。
『お金』で『ロボット』に変換されていたのでしょうかね。またはこういうロボットかもしれませんね。金属のイメージは刷り込まれたものだったりしませんか。


私達は『お金』に依存する『労働』に依存しないと生きていけないんですよね。当たり前なのですが、不思議に思います。自分用の畑でも欲しいですね。
また『生きる』ことに考えが向いてしまいますよね。
自分の祖先がどういう思いで生きて、そしてこの44+xyを遺したんだろう。